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2007.12.31(月)

ブログとうさぎ


今年一年、振り返って、いろいろあった。

一言では言い表せないくらい、いろいろあった。

どれだけ言葉費やしても話しきれないくらい。

このブログにはその一コマ一コマを正~直に書いていて

ウソや飾りっ気はない。

うさぎと一緒に住んでいる日々・・・もっと沢山ブログに

記していきたいけれど、実は、もうすぐ、うさぎとお別れ

しなきゃいけない。大事な大事な大事なうさぎ。

ごめんな、別れたくないんよ、本当は。ごめんな。ごめん。

まだあと少し、こんな私と付き合ってくれるか?

私のこと見つめてくれるか?あんたが絶対だよ。

何よりあんたが元気でいてくれて、ありがとう。



今年は、

このブログをはじめ、インターネットを通じて知り合った

方々が多くいらっしゃる。

みなさん、多くの楽しみや安心や刺激を下さった。

それらが私の支えになっている。支えられて今が在る。

ネット上に氾濫する情報のなかで、私という情報に触れて

拾い上げて下さった方へ、心からお礼を言いたい。


ありがとうございます。



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2007.12.31(月)

それぞれの年越し


わたしは地元へは帰らないでここ関東にいる。

彼女は、うさぎを連れて地元へ帰って行った。



地元へ行くにはは飛行機を使わねばならん。
(陸路だと無駄に時間かかるうえあまり金額に差がないんです)

お金がからむ話はあまりしたくないんだけれども、

移動にもお金かかるじゃろ?

飛行機のチケットの価格は、この時期非常に高い。

そんな金出す気にはなれんかった。

実家に帰る気にもなれんかったから特に悔しい思いもない。

地元でのひとときより、目先の金の方がはるかに貴重に思えた。



彼女は飛行機のチケットを購入し、地元へ飛び立っていった。

うさぎを連れて、地元へ飛び立っていった。



うさぎを飛行機に乗せるって、けっこう勇気のいることなんよ。

いつもいる場所ではないところへ行くだけでストレスになる仔もいる。

周りにワンコやニャンコがいることも大きなストレスの要因になる。

家の外に出すだけで固まって動かなくなるうさぎさんも少なくない。

一度外出するとその後数日体調を崩してしまううさぎさんも少なくない。

しかも飛行機での移動といえば、高度何千メートルの世界に連れ出される

ことになる。


「うちのこ、飛行機に乗ったことあるんですよ」

と言うと、うさぎを飼ってらっしゃる方は結構驚いたりする。

なんていうか、一つの 武勇伝 になるくらいのことなんじゃ。



彼女が地元へ飛び立っていったのが一昨日。無事に帰省した彼女に

うちのこの具合を尋ねたが、まったくいつも通り、ご飯食べて、

お水を飲んで、トイレもいつものトイレの場所でちゃんと済まして

至って元気。


びびった。


我が子ながら、ここまで心臓の強いうさぎとは思わなかった。

今回は2回目のフライトだったんじゃ。1回目のフライトは一年前で

うちのこもまだまだ子供(ガキ)の頃で、その時も割とすぐに新しい環境へ

馴染んでいったようだった。

そして今回、分別のつく大人に成長し、再び飛行機に乗って、どうなんか

心配していたんじゃ。



が、



いたって普通、いつもどおり。これはすごい。さすがうちのこ(親バカ)



で、



私はというと、彼女のいない家で、うさぎのいない家で、ひとり、

年が暮れるのを刻一刻と待っている。

時計の針がひとつひとつの目盛を確かめるように刻んでいくのを

眺めている。

主を失ったうさぎのケージを眺めている。


年明け早々に彼女の引っ越しがある。引っ越しとか終わったら、

もっときれいさっぱり無くなって、うさぎもいなくって、

ああ、これが、一人なんだな、と思った。

たぶんもっと静かに夜を待つ、たぶんもっと静かに。



│posted at 17:53:34│ コメント 0件トラックバック 0件
2007.12.30(日)

忘年会


別に変な宗教とか占いとかでなくて

方位学っちゅうもんは結構参考になる。

別に自分では何も勉強してなくて (他力本願・・・)

その道に詳しい 「オヤジ」 (父親ではありません)

に鑑定してもらいに行くこと、3ヶ月に一回くらい。

だいたい、これから何かある、これから何かするって

大事な時に行って、あれこれ話をうかがう。


いちばん最近鑑定してもらったんは10月。

そのときは、私も今の職場を休職し始めてそれほど

間がたっていない頃だったんで、今後のことを

いろいろ、方位学的にどうなんかを聞いてみた。



「今回は何が聞きたいのかな?」

「実はこれこれこういう事情で・・・」

「ふんふん、それは体の?心の?」

「・・・心です」

「そうか…、病んじゃったか…」

「そうなんです、いま仕事も休んでます」

「まあな、前見た時よりだいぶ、やつれてるよ」


そんな話からはじまり、まぁいろいろと話してきた。

で、聞いてきたことを、その後の自分の行動に役立てる。

私は頑固なんじゃ。だから、人に何を言われようと、

最終決断は自分でする。

あくまでも参考までに情報をもらいはするが、その情報を

丸呑みにすることはない。



この 「オヤジ」 に世話になっている人は結構いて、もちろん

他の人の顔も名前も何も知らんけども、その人たちが集まれる

催しが年に何回かある。イベントみたいなもん。

前に行ったことあるけど、これがまた、ホント色んな人が集まる。

外資系エリート、クリエイター、写真家、音楽家、営業マン

サラリーマン、主婦・・・
ごちゃまぜに集まる。

普段話しをする機会もないような人と、いろいろ話せる。



私と同じ病を抱えてる人もいた。話しをするうちに、相手から

打ち明けてくれた。病に罹ってからもう何年もたっているという。

辛い思いをしてきてるんなと思ったけれども、その人は、とても

明るく打ち明けて話してくれた。

そんときは、

あぁ、こんな明るく話せるんだ、と思った。

楽しそうに喋り、ケタケタと笑うその人。周りもその人に

気さくに接していて、目から鱗が落ちた。



そんなごちゃまぜにいろんな人が集まるイベントが、今日、

忘年会 と銘打って催される。行ってみようと思う。

金かかるし、酒飲むし、人も多いし、疲れるかも知れん。

けど、行ってみようと思う。



考えてみたら、休職してから、

会社の行事ごとには一切参加していない。

  社員旅行→欠席。 忘年会→欠席。

仕事以外の人ともほとんど会っていない。

  飲み会→欠席。 忘年会→さそわれない。 バンドの宴→欠席。

今年最後に、ひとつだけ。この 忘年会 へ行ってみようと思う。

そして、以前、病を打ち明けてくれたあの人と再会できたら、

「実は私もなんよ」

と話してみようと思う。
















いつも元気なうちのこ♪
チモシーたっち

かなりの強心臓と再確認。知ってたけど再確認。


│posted at 18:16:23│ コメント 2件トラックバック 0件
2007.12.29(土)

女性の髪コンプレックス


世には髪の毛がない、または薄い人がいる。

世の男性、他人事ではない人もいると思う。

男性であれば、周りから似合っているよと言われたり、
中にはひとつの個性としてポジティブにアピールできてる方も
いらっしゃる。

ポジティブにアピール出来んくて辛い思いをしている男性も
いらっしゃると思う。

  好きでそうなったんじゃない。

  好きでこんなヘアスタイルにしてるんじゃない。

そんな気持ちを抱えていらっしゃる方は少なくないと思う。



体にもつコンプレックスは、薄毛に限ったことではなくて

天然パーマ、肌、体系、体重、背丈、足の長さ、ふともも、
お腹、ほくろ、しみ、傷の痕、目や鼻、顔立ち、歯並び、
胸、性器、声、体毛、・・・。


いろいろ、10人いれば10人の体コンプレックスがあると思う。

そのコンプレックスをプラスにして、自分の個性にして、
人を和ませたり、アピールしたり、笑いに変えれたり出来る
すごい方もいらっしゃって、そんな方には、強いなぁと感心する。

けど、

コンプレックスを自分のプラスの個性にできん方も多数いるじゃろ?

笑えない体のコンプレックス抱えてる方、いるじゃろ?



でな、世の女性にも、髪の毛が少ない、薄毛な人がいるんじゃ。

男性の薄毛はまだいい(よくはないけど)女性はもっともっと深刻に悩んでる。

男性の方々?
いや、女性の方々も。

頭皮が見えるくらい薄い頭髪の若い女性が目の前にいたら、

あなたはどんな目で見る?どう感じる?

そして、

その女性はどう感じてるか想像できる?

鏡の前で、日々薄くなっていく自分の髪を見てどんな希望を持てるか想像できる?

好きな髪型を試したくても試すことすらできない辛さを想像できる?

沢山人がいる中で髪の毛のことを指摘される辛さを想像できる?

直射日光を浴び続けると頭皮が焼けて皮が剥がれる辛さを想像できる?

雨や水が少しでも頭にあたることが怖くなる辛さを想像できる?



信頼している人に対しても、
影で私の髪のこと誰かと笑ってるんじゃないかと疑心暗鬼になる。
自分の将来に自信をもてない。鏡の前で涙ながす。
風呂場で流れ落ちる髪の毛を見て憂鬱になる。


笑って冗談にして話せるか?触れてほしい話題だと思うか?
女性にしてみたら、深い深いコンプレックスじゃ。
それを指摘されようものなら、その場で泣き崩れてもおかしくない。


私はな、
そういう人の欠点を突いたり、
指摘したり、
嘲笑したりする輩、
これがどうしても許せん。本当に許せん。



生まれつきの特徴、努力して変えることのできない特徴。
それを突いて周りの笑いをとったりする輩には本当に腹が立つ。
それを突いて陰口たたく奴も信用ならん。大嫌いな人種。

何考えてそんな口きけるんじゃ。
と思ってしまう。

どんなに奇麗な人でも、どんなにカッコいい人でも、
相手の体の変えようのない部分のことを話す奴には、
一瞬で萎える。

そして、部下を抱えていたり、人を指導したりする、
いわゆる偉い立場の人や、そういう立場になろうとする上昇志向の
高い人に限って、そういうことを平然とするのは何故だろう。





│posted at 23:47:10│ コメント 0件トラックバック 0件
2007.12.28(金)

医者と一年


病院へ行って参った。

2週間に一度、病院へ行き医者とお話をして

薬をもらってきている。

私はここ数日の心の不安定さや思ったこと、出来事を

医者に伝えた。

こちらが話せば話すほど、医者は神妙な顔つきになった。

「いま服用している薬がいまいち効いていないようですね」

医者はそう言って考え込んでいた。


この医者に診察してもらうようになって、もう一年以上。

まさか自分がこんな通院の蟻地獄にはまってしまうとは、

思ってもみなかった。

で、今更、薬が効いていないと医者はおっしゃっている。

医者にとっても難しいのかも知れん。目に見える外傷なら

傷を治すための処置もある程度決まり切ったもんがあると

思う。経過もはっきり目に見えて分る。で、治ったか、

まだ治りきってないんかも調べればすぐに分る。


目に見えない心の病は、どんな処置をするかも患者によって

変わってくるし、症状や様子を見ながら回復へのベクトルを

探っていかんきゃならん。


で、いま、薬が効いていないと医者はおっしゃっている。



えっ

ここで 「ふりだしに戻る」 のかい?


医者と話をしながら私も考え込んでしまった。

私の病はどちらへ向かっていくのかい?

仕事へはいつ復帰できるんかな?

口にはしなかったけれど、疑問がいくつも浮かんでは消えた。

なにか煮え切らない気持ちでまた医者と会話を進めている

そのとき、

私は思わず医者に疑問をぶつけてしまった。

「先生、あのー、わたし、この病気、治るんスか?」

医者の目は丸くなり、一歩ひいてこちらを見て、

「そういう方向に・・・もっていくようにしています・・・」

そんなような答え方をした。

この病とはまだまだ長く付き合っていくんだろうなあ。

今年最後の診察を終え、病をもって年を越す私の薬は

少しだけ増えた。この病、来年はどうなるんか、まだ

心配事は尽きん。



以前、職場の人間が言っていた。

「健康すぎて、健康保険払ってても全然意味ないわ、返して欲しいわ」

「病気する奴だけが払うようにすればいいのになあ」


あなた方の支払った健康保険料は、こちらでしっかり役立てて

その恩恵を受けまくってましたよ、この一年。



│posted at 19:29:32│ コメント 2件トラックバック 0件
2007.12.27(木)

でも今生きている

しばらく
ブログの更新を休んだんじゃ。

休んだんでなく
PCにさわることもままならんかった。

いつもいつもいい調子でない。
外に一歩出るのすら出来んこともある。
コンビニで店員と言葉を一言交わすことすら出来んこともある。

それでも、ここ数日はめったやたらに動いた。
彼女の引っ越し先を探しに物件を見に行き
エアコンが壊れ大家と交渉し
彼女との最後のクリスマスを迎えるために歩き回った。

本当はクリスマスも一人で迎えたかった。
こんなこと言うと反感かう人もいるかも知れんけど
こんなこと言うと一人でクリスマスを迎える人には
何贅沢ぬかしてんじゃと思うかも知れんけど
これが本音じゃ。

世の中がクリスマスだろうが、何だろうが、どうでもよくて
むしろクリスマスが邪魔に感じてたんじゃ。

無理がたたってしまったんじゃ。

調子が良くない時でも動き回り話をし気配りをして、
それでも全部が全部うまく回る訳でもない。

ほんとうに疲れた・・・

そんな折、急に気分が悪くなった。


時間感覚が狂い、朝も夕も関係なく起きて寝て
何もする気が起きず、
ボーっと座って気がつけば数十分過ぎて
動かなきゃと思えどもまたボーっとしてしまう。
そして何も食べれんかった。

考えることといえば、なんで自分は、
自分自身をないがしろにして彼女や他の物事ばかり
優先させるのじゃろ?なんで自分に甘えられんのじゃろ?
なんでこんな苦しいんじゃろ?なんで苦しい道ばかり
選択するんじゃろ?周りが楽できれば満足なんじゃろか?
自分が辛いのは自分の選択の結果じゃろ?
なんでいつもそうなんじゃろ?自分がしっかり立たなきゃ
いけんじゃろ?なんでこんな病気に苦しんでるんじゃろ?
なんで働けないんじゃろ?なんで治らんのじゃろ?
なんで以前出来てたことが出来んくなってるんじゃろ?
なんで今の自分に不満なんじゃろ?なんで先を急ぐんじゃろ?
なんで無理するんじゃろ?なんで自分を顧みないんじゃろ?
なんで何も生み出せないんじゃろ?なんで人に安らぎを
与えられないんじゃろ?なんで人に迷惑かけるばかりじゃろ?
なんでこんなに価値のない人間になっとるんじゃろ?
なんで生きてるんじゃろ?なんでなんでなんでなんで・・・

そんなことしか考えられんかった。

首くくろうと思った。生きてる価値が見出せんかった。






でも今生きている。まだ生きている。
PCさわって、なんとかブログも書いてて、生きている。
うまく文章で気持ちや状況を説明できんなぁ。

だけど、また宙の底から上ってきた。戻ってきた。


辛いときもある。病気に対して理不尽な気持ちになることもある。
でも負けんと、死なんと、心に決めているんじゃ。

何度でも、立ちあがる。




│posted at 17:55:30│ コメント 0件トラックバック 0件
2007.12.26(水)

女の子3


前回、前々回からの続きです。

前々回の記事は「女の子」、前回の記事は「女の子2」です。



やや古い話、そして少し前の話。



私の両肩には、大きく分けて二つの負荷がかかっている。
ひとつは仕事によるもの。もうひとつはプライベートによるもの。


仕事には常に全力で力を注いだ。あまり好きではない「お付き合い」
もほとんど断っていたが、たまには顔を出した。
仕事はうまくやれている時とそうでない時がある。波があるのは仕方が
ない。仕事内容よりも、一番厄介なのは人間関係だった。

私は自分の抱えているプライベートな部分を他人に触れられることを
極力避けていた。ひとつ言えば「なんで?」とか「それで?」とか、
質問が続いていくものだ。そして酒のつまみのネタになるだけだ。
職場でもごく一部の人しか信用に値する人間がいないと感じた。そう
いう人には少し話をしたが、多くの人にはプライベートを隠していた

仕事が縁で知り合ったお客さんと仲良くなることもある。時折一緒に
飲みに行ったりもした。
その間、彼女は?
飲んで帰るというと必ず反対した。早く帰ってきてくれと反対した。
ひどいときには、お客さんと飲みに行く私の近くでずっと睨んでいる
こともあった。お店で、はしごして次のお店へ行く間、またお店で、
彼女は私の近くについてきていて、ずっと腕を組んで私を睨んでいた

職場には「付き合い」も「お付き合い」も、その中間もある。
嫌々ながらいった席でも、そこでコミュニケーションをとることが、
後々の仕事を円滑に進める上で役に立つことも多い。

私は仕事と彼女とのはざまで常に両方に気を配らざるをえなかった。



私が心の病を抱えるに至ったのは、公私ともに負荷を抱えストレスを
抱え、溜めこみ、発散してもしきれないくらい、我慢してもしきれない
くらいの臨界まで膨れ上がった状態が続いていたからかも知れない。

医者とも話をしてきた。仕事について、彼女について。

医者は言った。「診断書を出すことで仕事の負荷をなくすことはできる
けれども、彼女との関係からくる負荷を減らすことは簡単には出来ない」


そのとおりだ。彼女から受けるストレスはすでに相当に溜まっていた
だろうが(発病するほどに)、それを医者が直接どうにかできる訳では
ないのだ。

仕事がうまく回っても回らなくても、
彼女と居る限り、彼女との関係が改善しない限り、私が彼女から受ける
負荷を軽減できない限り、ストレスが臨界に達する危険をもったままなのだ。
そして、今後、仕事がいつもうまく回るとも限らないし、病状が良く
なってもいつまた発病するか分らない。

もちろん、いつも私が彼女を支えている訳ではない。私が彼女に支えられる
ことだってあった。
ただ、基本的には私が彼女を支える構図にあることに変わりはなかった。
彼女と今後生活する上で、いつ私がまた病に伏せるか分らない、こんな
状況で今後を見据えると不安材料が多すぎる。

暮していかねばならない。
食べていかねばならない。


そのためには互いに自立していかねばならない。私は彼女の自立を大きく
妨げることばかりしてしまう。彼女もそれに甘える。
急に変えることは難しい。

共に歩んできた中で、性格や考え方や行動まで、彼女に合わせて変えてきた。
そうして私の今があるのだから、今更彼女と生活しながらそれを変えていく
ことは難しい。
彼女も私から一歩距離をおいたり、私に依存しない方法で物事を乗り越えて
いく力や知恵を身に付けていく必要がある。一個人として自立していかねば
ならない。



彼女と別れようと思ったことはこれまでにも何度かある。
だが今回は本気だ。本気で別れようと心に決めた。

彼女は私と別れることを望んでいない。
当然、別れ話をしているときは彼女には辛い時間だ。
そして何より、絶対に折れない。付き合っていようという固い決意と、ずっと
私といるという強い気持ちを持っていた。

別れ話には時間が必要だった。

私は彼女に対して強く言えなかった。問答無用で家を出るくらいの強引さが
なかった。だから辛抱強く説得した。説得し続けた。

彼女が私の病の大きな要因になっていることを認識させることは大変だった。
その上で、彼女と別れるという話を進めていくことにはもっと多くの労力が
必要だった。

悪者になれ。自分に言い聞かせた。

「嫌いになった」「他に好きな人ができた」

そう言ったこともあるが、楽に別れるために言っているだけだ、と簡単に
見破られた。

私もけしてゆずらず、あくまでも真正面から説得し説明し、話し合いを続けた。
そうして、彼女はようやく首を縦に振った。3ヶ月間の話し合いの末だった。



【関連記事】
■女の子1
■女の子2

│posted at 20:37:56│ コメント 0件トラックバック 0件
2007.12.21(金)

切れた弦


私はバンドをやっている。(ロックバンドです)

パートはベース

ベースの弦が切れてた。

最後に演奏したのは11月の合宿のとき。

それ以来、一ヶ月ほど全くベースに触っていなかった

どうにも、触る気になれなかった。

強化合宿っちゅう名目で一泊二日、練習したのに

一ヶ月も放置してたら腕前も当然鈍る。

何のための強化合宿だったかな。

というより、

何故、合宿後にベースに全く触らなかったかな。

触れんかった。

ベースをやろうという気が全くおきなかった。

バンドのメンバーとは

2週間に一回か、3週間に一回くらいのペースで

集まってスタジオに入って練習している。

だたし、この12月は、私が「ごめんなさい」した。

メンバーは皆、社会人(私も一応…)。集まるのは当然、土曜日か日曜日。

12月はおそらく2回くらいスタジオに入るはずだった。

12月に入った頃、私は

「12月は練習無理です」とメンバーに伝えた。

理由は二つある。


ひとつは、

彼女との引っ越し先の物件探しが土日しかできない。

もう一つは、

スタジオ入って練習するお金がない。


メンバーには、「ごめんなさい無理です」としか伝えてない。

私の事情は知らない。言えんのじゃ。詳しく話せば話すほど、

いらん迷惑をかける。

メンバーは、私が心の病、うつ病であることを知らない。

私が長期にわたって仕事を休んでいることすら知らない。


それでいいと思っている反面、

薄いつながりしかないグループにしてしまっているような

罪悪感がある。

社会人になって、ふとした出会いから始まったバンド活動。


社会人になると

「付き合い」

より

「お付き合い」

が圧倒的に増える。


そんな中、利害関係なしに、仕事関係なしに、

好きな奴らで、好きなことをできる集まりができたんじゃ。


弦が切れるように、人との繋がりもプツリと切れる。

それはいつの間にか、突然、予期しないで平然と起こる。


このメンバーとは末長く付き合っていきたい。

切れた弦を張りなおすために、新しい弦を買ってきた。





│posted at 19:39:27│ コメント 1件トラックバック 0件
2007.12.20(木)

○○のため


・ああして欲しい
・こうして欲しい
・このくらいはやって欲しい


人に何でも要求してしまう人
人に多くを求める人
人に要求するハードルが高い人

それはそれで
問題だと思う。




・自分がこの人に力添えしなければ
・自分がこの要求に応えなければ
・自分はこのくらい出来なければ


要求になんでも応えてしまう人

人に何でも要求してしまう人
よりも
深刻かも知れん。


要求によっては
腹の中にどこか理不尽な思いを抱えながらも
「自分がこの人に何かしてやらなければ」
さらに発展して
「自分だけがこの人に何かしてあげられる」
そんな自意識に支えられて
自分の存在を意味あるものにする。

相手に必要とされることで
はじめて自分の存在価値を満たすことができる。


あなたのため
あの人のため
視野は常にあたなを見てる。
頭では常にあの人のことを考えている。

いつも人から必要とされていないと精神的に満たされない。

ある意味
自分のことはそっちのけ。

自分のことがおろそかになると
自分を責めるだけでなく
相手のことを言い訳にしてしまう。



もちろん

誰かに何かを要求すること

誰かに必要とされること

人との繋がりの中でとても大事なこと。

しんどいときもあるだろう
辛いときもあるだろう
落ち込む時もあるだろう

そんなとき

手をさしのべてくれたり
励ましてくれたり
ときには叱ってくれたり

助けられて嬉しかったこともある。
相手の力になれて嬉しかったこともある。




それが
いつも常に
人から必要とされていないといけない
となると

自意識が満たされないだけでなく
自分の可能性や将来性に
目を向けられない。


できるなら
自分のために
自分の時間を有意義に
生活するといい。

自分の存在を自分で認めてあげられる。

自分の多くを犠牲にしてまで
人に何かをしなければならない
そんなところまで
人と関わらなくてもいいと
考えられるといい。


強く依存する対象があると
かえって辛くなるときがある



私は、人に依存される事に強く依存している。

すぐには変わらないと思う。

それでも少しずつ

自分のために人生を考えていってもいいかな?




│posted at 14:45:57│ コメント 2件トラックバック 0件
2007.12.19(水)

もういいかい?


どこどこ、どこいくのかな?

「ちゃんと目隠しするでし!」

ハイハイ、わかったよ。

いい?いくよ?




「もういいかい?」

1_まだだよ




そう、では・・・

「もういいかーい?」

2_まだだよ




うん、ではでは・・・


「もういいかーーい?」

3_まだだよ




はいはい、では・・・

「もーういーいかーい?」

4_まだだよ




まだ頑張る?ではでは・・・

「もういいかい?」

5_もういいよ






・・・・・・・・・。





「もう、いいの?ねぇ、ほんとにもういいの?」

6_もういいよ

そんな、うちのこ。




│posted at 22:06:39│ コメント 0件トラックバック 0件
2007.12.18(火)

今日ごはんどうする?

テレビでよく料理番組やってますね。
かんたんなクッキングとか
お手軽に冷蔵庫の余り物でできる料理とか
世の奥様方をロックオンしてはなさない
日々のレシピを続々と紹介しておりますね。



今日は私、午前中から精力的に動いてました。
お昼からお出かけしようと思ってました。

家で悶々としていると気がめいりますから。

出掛ける身支度も整えました。

さて、昼ごはんを食べて、出掛けよう。




・・・。




ハッとしました。気がついた時、時計をみると

  「18:30」

昼ごはんを食べて出掛ける間際に



 ま さ か の








昼寝。(爆睡)






愕然としてしまいましたわ。

外出を諦めましたわ。




外はもう帰宅のラッシュ時間。

帰宅する背広を見ると、気持ちが沈む。

一生懸命働いてきたんだぁと感情移入してしまう。

一様に疲れた顔をしてる。

私のいない社会が動いている。私のいない社会を動かしてる。

お疲れ様です。私は家で寝てました。(爆睡してました)




そしていつも電話がかかってくる。

仕事を終えた彼女から。

私は毎日彼女に問いかけられる。

「今日ごはんどうする?」

この質問、困る。私が決めなきゃならんのかな。

たとえ自分に食欲がなくても、何か考えて答えているのですが

その献立も、作って出して食べて食べさせるために、考えて

答えているのですが、作るのがおっくうになることもある。

もう、どうでもよくなって

「任せる」

とか答えても

結局いま家にいて冷蔵庫の中身とか把握できるのは私だし、

仕事して疲れて帰ってくる人を思うと自分がやれることやって

楽させてあげるべきと。

「○○にしよう」

と答えて決める。作る時間も食べる時間もしんどいときだって

あるわ。けど、毎度外で食べるほど懐に余裕がある訳でもない。



主婦されてる方

働いていても自分以外の誰かと食事を共にする方

いつも晩御飯はどう決めていらっしゃる?


私は今、

テレビのクッキング番組を見てもそれを作る過程を楽しめん。

食べてもらう喜びも感じられん。



それでも毎日のことだから

「今日ごはんどうする?」

お腹すかせた人に何かしてやりたい気持ちもある。



晩ご飯を楽しく食べれんかなぁ。

気楽に決めれんかなぁ。

晩ご飯食べる気がなくなってきているから。

晩ご飯つくるのがしんどくなってきているから。





なんか愚痴っぽくなってしまったなぁ。









美味しそうにごはんを食べる
ご飯をたべる

うちのこ。


│posted at 23:50:04│ コメント 0件トラックバック 0件
2007.12.17(月)

絶望酒


月曜日の昼間で外は晴れてる。

午前中にやること済まして活き活き♪

すると午後にはやることなくなる。

やりたいことは沢山あるハズ、なのにやる気がおこらん。


テレビを付けることもなく、
大好きな音楽を聴くこともなく、
ベースを弾くこともなく、
PCをさわることもなく、
ただただボーっとしてしまう。


するととたんに焦りがくる。

これまで、やることに追われることが、

時間に追われることが、多かったせいかも知れない。

何もしないことが精神的苦痛。

なのに何もやる気がおこらない。

言いようのない焦燥感。

ぐるぐる考えてしまう。



何やってるんじゃ?

何かやればいいじゃろ?

ほら、やれよ、ただボーっとしてても時間ばかりが

過ぎていくだけじゃろ?

ホラ、ほら、やれよ、何かやれよ、やることは、

できることは、まだまだ何でもあるじゃろ?

物件の勘定すればいいじゃろ?

引っ越し業者の斡旋すればいいじゃろ?

まだまだあるじゃろ?

掃除すればいいじゃろ?

買い物行けばいいじゃろ?

整理すればいいじゃろ?

復職のために勉強すればいいじゃろ?




心がザワザワする。


落ちる。分かる。落ちてく。分かる。


窓から日がさんさんと降り注ぐ昼間に、絶望へ突き落とされる。




そんなとき、私は・・・






























酒じゃ。


酒を飲む。(安ーい缶酎ハイです)


何故かこういうときは

350ミリの缶一本だけでホロ酔いになれる。

ひとときのふわふわ感に寄り添って、

なんとか絶望の昼間をやり過ごせる。



依存しとるのかも知れん。分っとる。

けど、今、白昼訪れる絶望感にどうすることもできないんじゃ。



酔いがさめると、

昼間の絶望感よりもっとひどい虚無感が襲ってくる。

だから昼に酒を飲んだ日の夜はひどい。

それを分っていても昼に酒を飲んでしまう。


今日も一缶、飲んでしまった・・・


こんな姿、見せれん。だから誰にも見せん。

内面ではひどい虚無感に襲われていても

 彼女が仕事から帰って来るころには、何もなかったようにしております。

 彼女が仕事から帰ってきたら、何もなかったように接しております。


うちのうさぎだけが見ている、知っている。



何を思う?うさぎさんよ?

ごめんな、こんなみっともない飼い主で。

うちのうさぎは、こういう家の影も光もみんな見てる。

言葉喋れたら、いかん。言葉喋らせたら、いかん。

喋らんでいて。




あぁ、何書いてるかわからんくなってきた。

注)思考力0付近の状態で書いています。




なんで病気の私がいる? なんで?

なんで病気のせいにする私がいる? なんで?




悲しみしか伝えられない。



絶望の淵でザワザワする。

先が見えないな、治るんか?一生続くんか?

以前は普通に出来たことが今は出来んな、これも続くんか?




それでも人前では普通に振舞っている。もしかして・・・

私の笑顔は歪んでいたり、しないか?


だって、おかしくなりそうなのに普通でいろなんて無茶だろう。
それなのに自分に無茶を課そうとする私がいる。



報われる?

真面目に生きてるつもりだけど、報われる?

いま、こんな時代でも、いつかは報われる?




報われようと報われまいと、負けん。負けたくないんじゃ。

どんなひどいカッコしてても、生まれたからには、生きてやる。

絶望の淵からだって、まだ思える。

いつか、この病気にも「ありがとう」って言ってやる。













家の影も光もこっそり見ている
こっそり見る

うちのこ。


│posted at 19:56:34│ コメント 2件トラックバック 0件
2007.12.16(日)

うさぎへ


いろいろなことあったね

最初は私もおっかなびっくりだったよ

一緒にやってけるかなと心配になったこともあった

大変だったこともあった

でもあんたはいつもめんこい

何やらしてもめんこいよ

めんこくてカッコいいよ

食欲が落ちたりくしゃみをしたり

心配したこともある

だけどいつもじきに治す











利口で

マイペースで

自我をはっきり持ってて

いつも健康で

周囲の空気を読んで

どこにでもすぐ馴染んで

たくましくて

ちびっこくて

ツンデレで

外弁慶で

他の仲間から番長と呼ばれて

お店からは常連さんと呼ばれて

今日も元気に生きている















うちのうさぎを

おうちに迎えて今日で丸一年

一年経ったんだよ



お迎えした後日、お店へいくと

店員さんは言っていた

「あー、覚えてるよ君、ちっちゃい時から強かったもんねー」

やっぱりそうだったんかい

うさぎがまだ小さい頃

性格や気質ももまだ確立しきっていない頃

お店に並んでいたこのうさぎだけは

はっきり自我を放っていた

活発で自分の意見をもってて怖がらない

それがこのこに決めた理由でもある

お迎えしてから家で起こった出来事を

このうさぎは全部見てきてる

いろいろあったでしょ



あんたがうちにきて生活が変わった

あんたが繋いだ人の輪は大きい

あんたが広げた世界は広い

あんたからもらった幸せは数多い

あんたが見せてくれる未来はいつも明るい

あんたはうちにきて幸せか?

「しょーがねーから来てやったよ♪」

なんて言ってそうだ

感謝してるよ心から



ありがとう







│posted at 18:15:45│ コメント 1件トラックバック 0件
2007.12.15(土)

けじめつけるまで


引っ越し先の家を今日も物色

物色したのは彼女の引っ越し先の物件

私の物件探しは後回し

物件を見に行く時は

不動産屋さんと車で移動する

今日の担当者さんは車の中で

やたら喋る担当者さん

あれこれ聞いてくる

こちらは二人

運転席から担当者が

あれこれ聞いてくる

「お引っ越しなさるのはどういう理由で?」

「今はどこにお住まいで?」

「今はお二人で?」

こういうのが

うるさいわ



いろいろ親身になってくれるのは

ありがたいこと

けどその詮索は行き過ぎよ



彼女だって

けしてポジティブな心持ちで

部屋探しをしているんじゃない

それでも別れを受け入れ

新しい部屋を探そうとしている

仕事が休みのときはゆっくりしたいだろう

仕事が休みのときは遊びや買い物したかろう

その時間を部屋探しに使っている

ここで踏ん張っているのは私だけじゃない



「早く彼女にいい部屋決めてやりたい」

そんな私の気持ちは

「出てく先を急いで決められようとしてる」

彼女にとってみたらそう受け取られても仕方ない



懸命になるほど



やりきれん時期



何と思われてもいい

自分の筋は通す

けじめつけるまで


│posted at 23:59:03│ コメント 0件トラックバック 0件
2007.12.14(金)

カスベ


テレビを見ていて、たまたま知りました。

そう、偶然知りました。





・カスベが北海道弁だってこと

・カスベはエイ(魚の)だってこと




私、地元は北海道なんじゃ。


今は関東に住んでおります。

が、



そういえばスーパーに行ってもカスベを見ない。

そもそも「カスベ」っていう単語を聞かなくなった。



テレビではこう言っていましたわ。
・北海道民はエイを食べる。
・北海道民は「カスベ」が「エイ」だってことをあまり知らない。

 ↑↑↑
これ、まんま、わたし (泣



「マジで!?」 とか
「ハーイ、ここにも知らない道民いまーす」 とか
テレビと会話してました。


カスベの煮付け、美味しいんですよ、これが。

これが地元の味だとは知ることもなく、

のうのうと関東生活を送っておりました!恥ずかしい…



関東では食べれないのか、カスベ・・・

というか、

方言だったのか、カスベ・・・


「勉強になりました!」 by 北海道出身の男





私は外食では食べたことがない、まさにおふくろの味。

この寒い季節、ちょっと里心に火がともりました。



│posted at 20:45:12│ コメント 2件トラックバック 0件
2007.12.13(木)

気持ちの向きと刃物の向き


引っ越し先を探して、ワンルームの部屋をいくつか見た。

するとな、なんかな、同棲する前の暮らしなんかが、

思い出されるんじゃ。


実際に部屋を見て「別れ」が具体的になっていくにつれ、

いたたまれない気持ちになる。


今まで、これまで、彼女のために何をするのかばかりを

考えてきた私。

流れる時間に追い付かなくて、やることばかり溜まっていって、

体が二つあればいいのにな、なんて思うこともあった。

彼女と別れた後は彼女のために考えたり行動したりすることが

なくなる。



頭の中に、体の中に、すっぽりと大きな穴が空いたような、スカスカ感。

わたしの考えはまだ変わらない。いつも、彼女のために、やらなきゃ。

この引っ越しが最後の一仕事。

それが終わると、わたし、どうすればいんだろ。あれ?


あれ?



彼女と別れた後、わたし、生きてる意味なくなるわ。

なくなる。

自分のやることがなくなる。やることの目的がなくなる。


やばい。


考え方をはやく切り替えないと、生きる意味がなくなる。

頑固なあたまだから、時間がかかるかもしれない。

それじゃ遅いかも知れん。

やばい。自分が信じられん。









一昨日、部屋を見てまわって帰宅しご飯を食べ、その夜…。





「なにやってるの?!」

!!!その声で気付いたわたし。

「何もしてないよ」

「ふーん、その手に持ってるの何?」

「?あ、これ?、なんで?」

「知らないよ、なんでなの?早く戻して」

「うん戻すよ」











気づいたとき、台所で包丁握って立ってた。

刃先を自分に向けて。

















幸い「事」の前だった。

なにやってたんだろ、って本気で思った。

そういうことって、自分はないと思ってた。



でも、ちょっと、疲れてしまったわ。

そして今ちょっと、混乱してるだけだと思う。

だから、心配ない。



ただ、今までずっと、自分の苦労を人のせいにして、

被害者面して善人面して。私は全く何言ってやがると、

私は全く何やってやがると、考えるようになってきたわ。

だから、先が何も見えてないんだと思う。

だれの共感もいらない。だれの理解もいらない。

被害者面して善人面した人に共感理解しちゃいけんよ。

そもそも共感理解なんてないか。なら問題ない。

そう、それだけのことだから、心配ない。






ちょっと、疲れてしまっただけのこと。




│posted at 20:40:03│ コメント 2件トラックバック 0件
2007.12.12(水)

いいえ、一人です。


この駅のちかくで、部屋を探すんかい?
この駅の周りは便利だしのう。
いいんでないか?
自分はこっちの駅のちかくがいいわ。

今週から二人の部屋探しが始まった。
いくつか物件に目星をつけて不動産を二人で回る。

「ご入居されるのはお二人様でよろしいですか?」

「いいえ、一人です。」

別居するための部屋探し。
この引っ越しによって私たちは別れることになる。
引越しの日が別れの日。さよならのための部屋探し。

新生活のはじまり?そうじゃ。引越しの先には新生活が待ってる。
私にも彼女にも、一人の暮らしが待っている。

私の新生活、そこには、彼女はいない。
うさぎもいない。バイクもない。お金もない。

私の新生活はそんなもんじゃ。
だから、安くて適当な物件を見つけさえすればいい。
生きてさえゆければいいと思っている。

彼女には安定し充実した暮らしを過ごしてほしい。
うさぎとも仲良くやってほしい。
友人とも仲良くやってほしい。
なんとかこしらえた引っ越しの費用は、
彼女のために使うようなもんじゃ。

それでいいと思っている。
別れる原因を私がつくってしまい、私が切り出した別れ話。
彼女にしてやれる最後のこと。そのために今できる限りを
やるんだわ。



そして二人の部屋探しが始まった。

「ご入居されるのはお二人様でよろしいですか?」

「いいえ、一人です。」

不動産屋へ行くたびにこれじゃ。


│posted at 19:13:04│ コメント 1件トラックバック 0件
2007.12.11(火)

女の子2



前回から続きです。前回の記事は こちら からどうぞ




昔の話、やがて今の話。


田舎から上京し、彼女はひとり、たくましく働いていた。
見知らぬ土地で寂しかったのだろうと、身をもって知ったのは、私も上京して
からのことだった。

が、彼女はその寂しさを買い物で埋めていた。
私と離れていた2ヶ月間に多くのローンが組まれていたことを知ったのは、
私が上京して1ヶ月後くらい。
彼女が打ち明けた。

全部で○百万のローン。
すぐに明細をすべて出させた。私はそれを見て、すべてを計算した。
ボーナス月の設定もあり、ボーナス月には給料プラスボーナスをもらっても
赤字かもしれないこともわかった。
彼女が生活できない。すぐに対策を練った。

私はすぐ、「自分が何とかしなきゃ」と考えてしまう。
彼女と付き合ってからその考え方の癖が身について、性格の中核を担うまでに
大きくなっていた。
誰にも相談せず、ない頭を働かせてやりくりを練った。
自分がいなかったことによる借金という責任が私の肩に載っていた。
私は彼女の家計を常にチェックし、彼女と私の生活費やささやかな遊びにかかる
費用はできる限り私の給料でまかなった。
貯蓄などできない、毎月ギリギリの生活を続けていた。

彼女の病気は軽めの症状で早期に対応したのが良かったのか、いつしか克服していた。

彼女のため、頑張る、頑張れ、目の前には常に彼女に起因する問題があった。
この壁を越えれば何とかなる。次はこの壁を、次はこの壁を・・・。
彼女のため、彼女のため、じゃあ自分は?
自分が社会人として何がしたいのか、見失いつつあった。
彼女のことは好きだった。自分のことは全く好きにはなれなかった。
目の前の問題に対応するのに精一杯で、胸張って将来を語れる気がしなかった。

それでも、数年をかけ、今年の春、ようやく彼女の全てのローンを支払い終えた
大きな肩の荷が降りた気がした。そしてその後彼女は仕事を辞めた。
彼女がしんどい思いをしていたのは知ってる。
前々から、この時期までは続けようと理解させ励ましていたことだった。
でも、私のしんどさは誰か知ってる?ふと寂しくやりきれない思いを感じた。

もちろん、たくさんある。彼女といたからこそ出来たこと、得られたこと、
素敵な思い出、そして、支えられたこと。

だけど、

我慢した。いろんな事を我慢した。
自分がやりたいことなんて、ほとんどできてない。
何をやりたいか、忘れた。考えないようにしていた。
次第に考えない事に慣れていった。
何が欲しい?と聞かれて本気で困り考えを巡らせても出てこないくらいに。

人には我慢の限界がある。
で、我慢のコップ、溢れたらどうする?
私は溢れた分もこぼさないようなもう一回り大きい我慢のコップを用意して、
また溢れたらまた大きなコップを用意する。
足りなかったら、もう一頑張り。また足りなくなったら、もう一頑張り。
そうして、彼女との生活を実現してきた。

いま彼女は新しい職場を見つけ、充実安定した生活ができている。
だが、そんな矢先に私がダウンしてしまった。
無理の限界、ストレスの臨界。
ストレスなんていままで無視して走ってきたことによるもの。
仕事をしていて言いようのない違和感や倦怠感、めまいを感じるようになった。
帰宅しても、仕事場とは別の気だるさや頭痛、耳鳴りがする。
でも、公私で抱えるストレスや負荷、そんなもの、無視しなければ生活が続け
られなかった。

ダウンした私は彼女にこれから何ができるだろう。
私の心の病の要因のひとつに彼女があるという事実を前にして、それでも常に
彼女に何かしなきゃという気持ちになる。
なにも出来ていないことに不安や苛立ちを覚える。支えなければと焦る。


だが今の立場は逆だ。私は彼女の生活の足手まといになってしまうのだ。
ようやく、ようやく切り開いた彼女のこれからの人生なのに。








私は彼女から身を引くことを決めた。





続きはまた。


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■女の子1
■女の子3

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2007.12.10(月)

女の子1



むかーし昔の話。

学生時代に付き合ってた女の子がいた。
その子は積極的で直情的で、素直な子だった。
在学中、その子はストレスでうつ病と診断された。

私はその子を支えようとした。
その子の傍によりそい、なにもかも面倒みた。
その子の用事は全て一緒に行動した。
私の用事は私の用事。彼女の用事も私の用事。

常に考えていた、昨日より今日、
今日より明日がもっとよりよい関係になるようにと。

朝は彼女より早く起き、朝ごはんと学校で食べるお昼ごはんを用意して、
彼女を学校へ行かすよう準備。 夜は彼女が寝てからが、自分の時間。
資格の勉強をし、その他の自分の用事を済ませる。

睡眠時間は1日2~3時間の生活。
しんどいのは初めのうちだけ。
慣れてしまえば体がそうなる。
慣れてしまえば心情もそうなる。
慣れるよう性格も変える。

私と別れたら死ぬと、彼女は真剣に言っていた。

彼女が学校へ行きたくないというときもあったし、遅刻することもあった。
欠席や遅刻も彼女と共にした。出欠にうるさい学校だったため、なんとか
学校に行かせ、卒業できなくなることだけは避けた。

彼女の親へ会いに行き状況を説明し、相談したこともあった。
専門学校だったが、なんとか卒業させたい、彼女の母親はそう言っていた。
だが、卒業させて終わりじゃない、私は彼女の卒業後の進路も考えなければ
ならなかった。地元の就職先も探しつつ、首都圏の就職先も探した。
彼女の心配もあるが、まず自分が働けないとどうしようもない。
しかし不況のなか、私も彼女も就職先はなかなか決まらなかった。

次第に追い込まれていく中で、彼女の不安は大きく大きく膨らんでいた。
街中で突然倒れることもあった。荒れていたし、不安定だった。
そんな折、私の就職先が決まった。しかしこれからだ。彼女の就職先を探さ
なければ。
卒業研究・就職活動・彼女・新人研修、時間がいくらあっても足りないが、
削れる時間は削った。
睡眠時間は1日1~2時間
常に何かに追われていた。
彼女は私に付いてくる。

彼女は私から離れられないと真剣な顔で言っていた。

私の就職先を基準に、彼女の就職を手伝った。
求人探しにとどまらず、彼女の志望動機・自己PR文なども私が書いていた。
つらい、苦しい、もうだめ、もうやだ、やりたくない、などという彼女の
言葉や状態に対し、私は弱かった
私が頑張らないと。これでだめならもっと頑張らないと。

気がつけば、生活全てのお膳立てを彼女にしてやっていた。

それが彼女の自立を大きく妨げていることなど知る由もなく。

無事、彼女の就職先も決まった
後は彼女は卒業研究。私は卒業研究と就職先の会社の入社前研修を
こなさねばならなかった。彼女はその間も、以前より良くなっていたが、
不安定だった。

生活は変わらない。朝早く起きて準備、夜まで彼女に寄り添い、深夜に
卒業研究と入社前研修をこなした。

だが、問題ができた

卒業研究はぎりぎり間に合ったが、私の就職先の入社前研修が、4月の
入社日に間に合わなかった。私は入社まで2ヶ月間の猶予をもらうことができ、
入社予定日が6月になった。

しかし、彼女は通常通りの4月入社と決まっていた。先に地元から離れ、
社会人になったのは彼女だった。2ヶ月間、毎日電話し、そのうちの半分は、
彼女は泣いていた。早く会いたいと、泣いていた

私も無事、6月に入社し、社会人になって、彼女と再会した。







続きはまた。


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■女の子2
■女の子3

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2007.12.08(土)

操縦席


あんまりうとうとしていたもんで
1_うとうと




操縦席に乗せてみました
2_操縦席へ


日光江戸村からはるばるお出でなすって
3_乗ってます


ノリノリです♪
4_ノリノリです




これはたまらんと場所を移動してまたうとうと・・・
5_移動してうとうと



そこに飛び乗る流石の日光江戸村出身
6_さらに飛び乗る


GO!GO!!
7_GO!GO!


すごいスピード感!ちょんまげも風で揺れています
8_スピード感






はいはい、バッチリ記念撮影しときましたから
9_記念撮影









その後

しっかりお叱りを受けました
10_お叱り

ハイ



│posted at 23:59:36│ コメント 2件トラックバック 0件
2007.12.07(金)

翌日の睡魔


昨日無くしてしまった銀行のキャッシュカード・・・

ちゃんと銀行で保管してあり、受け取ることができました。

口座のなかの 大金 も無事ですわ。よかった♪
(たいした額ではありませんが、私には大金なんです!!)



さて、話は変わって、















今日の私、眠いんです。







どうしようもなく眠いんです。







用事を済ませたり出かけたりした翌日は







きまってどうしようもなく眠いんです。







というか、耐えきれず寝ます。(昼間からグッスリと)







心身がついていかんのかなぁ。年かなぁ。まさかなぁ。(一応20代です)







だから、行動(お出かけ)は一日おきになってしまいます。







今日は、

昨日忘れたキャッシュカードを受け取りに銀行まで行かなきゃ

ならなかったから、とにかく朝一で用意して(寝てしまう前に)

出掛けてきましたわ。







帰宅してひと段落したら、まーた睡魔が襲ってきましてな







グッッスリ寝てました。







いつどこで睡魔に襲われるか分らないでない?




でもね、



家で睡魔に襲われた時は、気がつくと必ず布団の中で寝ている。

ちゃんと布団まで行くらしい、わたし。








こないだは無印○品のソファで爆睡してたのですが・・・
(ひどい時は翌日でなくその日のうちに睡魔が襲ってきます)

もちろん、 お客様、お客様・・・と怒られました







外でもちゃんと寝心地のよいところを選ぶらしい、わたし。




│posted at 20:34:30│ コメント 3件トラックバック 0件
2007.12.06(木)

うっかりカード


このごろ、ちょっとした間違いをよくするんですわ。


お風呂でシャンプーとボディソープを間違えたり

食器を洗う時に食器用洗剤じゃなくキレイキレイをプッシュしてたり

ゴミの分別を間違えたり

電車に乗って降りる駅を間違えたり

パスタにしようと思ってご飯炊いてたり

自動販売機で欲しい煙草の銘柄の隣のボタンを押してたり


まぁ、このくらいなら許せる。ニアミスですわ。

うっかりもうっかり、プチうっかり程度のものだわね。

ゴルフでいうなら、まだギリギリ、フェアウェイをキープしてる。(と思いたいです)


今日の夕刻、外出していたところ、携帯電話が鳴り出したんだわ。

最近は、こんな時間にあまり鳴らないのに、誰からだろうね。

電話に出ると


兎太郎さん(うさ枕の名前)ですか?(もちろん仮名です、仮名を使ってみたかった…)

はい、兎太郎です。

○○銀行の△△です。

はい?どういったご用件でしょう?(何かやらかしたか?何かやらかしたか?)

お客様の口座のカードをこちらでお預かりしております。

はいぃ?





そうなんです。

私、銀行のキャッシュカードを、ATMに忘れていたんですわ。

即座に時間を逆算・・・ATMを使ってから1時間ほど経ってる。

たぶん、大丈夫・・・ダイジョブ・・・。




これはもう、うっかりとか、プチうっかりどころで済まされんわ。

キャッシュカードなんて、これまでの人生、忘れたことなどないですの。

もしも心ない人がそのカードを懐に収めたりなどしたら

大金 をかすめ取られるやも知れん。
(たいした額ではないんですけどね、、、私には大金なんです)


ビッグなうっかりをやらかした私。

たぶん、大丈夫・・・ダイジョブ・・・。いや、心配。

自分が心配ですわ。ネジの1本や2本、外れとるかなぁと思いきや

50本、100本くらい外れとるのか?と。



明日、すぐに受け取りにまいります・・・。(電話口にて)





これ読んでくれた方、そんな経験あるだろか?プチうっかりや、ビッグなうっかり

うっかりは、ほどよいのがいいですわ。

うっかりと呼べる程度の。そして笑って受け流せる程度の。



│posted at 21:05:50│ コメント 4件トラックバック 0件
2007.12.05(水)

吐き出したいこと

ほんとうはな、沢山あるんじゃ、吐き出したいこと。

ずっと、ずっと、積もりに積もって、ため込んでること。



このブログを書き始めて、少しずつ、少しずつ、気持ちを

言葉に変えて、ポロポロこぼしていけるようになってきた。


けどな、まだまだ、足りんのじゃ。


もう、我慢して押し殺して、器にため込んだまま心の内に

沈んでいる気持ち。それは心のずっと奥の方にいってるから

ほじくり返すのも掻き出すのも言葉にしていくのも労力がいる。


ほんとうはな、全部、何もかも吐き出してしまいたい。


そんな無理せんでいいのかも知れん。わざわざ書いても何にも

ならんかも知れん。今更書くことでもないのかも知れん。


けどな、心は、吐き出したくてたまらないんじゃ。

そんな衝動にかられるんじゃ。



うまく言葉にならん。我慢することに慣れ過ぎてるみたいじゃ。

リアルな言葉にあてはめても出すところないから、曖昧なまま

心の奥に沈めて押し込んでる感情が積もって、固まって。

その感情を言葉に置き換えることも難しくてな。



素直な気持ちを出したいだけなんじゃ。

素直な気持ちを出せるところがいつの間にか自分の周りから

なくなっていることに気づくのが、遅かったのかも知れん。




そんな私でも、

立派な言葉にできんくても、最低限これだけは言葉にできる。

「ありがとう」 「ごめんなさい」 「好きです」

何にも変えられない、素直な言葉じゃ。

この言葉は、ほんとうに、心をこめて、使うようにしている。

伝わることを願って、言葉にする。

この言葉を使える相手がいる、使えるところがある。

大切なのは、それだけなのかも知れん。


│posted at 21:39:43│ コメント 0件トラックバック 0件
2007.12.04(火)

しごと仮面


目が生き生きしているよ

そうですか?

だめな時ってもっとうつろな感じの目つきになるものだ

そうですね



騙した。してやったりだ。

会社へ行って、上司と話をし始めた時、上司の第一声が

これだ。

目が生き生きしているよ。



久しぶりに、休職してから初めて、会社へ行った私。

会社へ向かう時の ためらい やら 不安 やら 緊張 を内に隠した。

そして表に出てきた、 「元気なわたし」

普通に働いていそうな普通の振る舞い。


  自分を守るため、自分を確認するために演技をする。


そこにいたのは間違いなく仕事をするために居る自分だった。

私はあの瞬間、演技で、本当に 「元気なわたし」 だった。

そこにはこんなストーリー。


 うつ病を患い働けない状態にあるひとが休職後に初めて会社にきている

 うつ病を患い働けない状態にあるひとが順調に回復している


このストーリーが私を支えていた。

上司を安心させ、会社を安心させ、自分を安心させ、明日を迎える。

そのために演じ続けた。 「元気なわたし」の仮面 を付けて。




本音はどこへ?上司への誠意はどこへ?

全てを包み隠さず言う必要はないと思う。

それでも、休職中の身である私には、それなりの立場で接することが

求められていたのではないだろうか。





本当は

普段外出するのにかかる時間の2時間前から準備したわたし

気持ちがしんどくて家に一度引き返したわたし

すぐに会社へは行かず、会社近くのカフェで気持ちを盛り上げようとしてたわたし




仮面を剥いだら、ひとりの患者だ。

無駄にあがいて、無理にもがいて。




│posted at 21:37:18│ コメント 4件トラックバック 0件
2007.12.03(月)

しかも、心の


受け入れずにおりました。
頭のどこかで自分は違うと思っておりました。

どんな症状があらわれても
自分の調子が悪いだけと思うように
たまたまそういうこともあると思うように
しておりました。


心の病


受け入れがたいものでした。

自分が受け入れられなかったのは
周りが受け入れてくれないと感じていたからです。

仕事仲間との信頼関係も
友人との友情も
知人との付き合いも
維持するなんて難しいと思っていたからです。

そう、人間関係にできるおおきな歪みを生むものを
持ってしまったと勝手に思っていたのです。

受け入れたら、負け。
受け入れないよう抗うことが闘病と。

だから、
自分とまっすぐ向き合っておりませんでした。
それが出来るようになったんは最近のことです。

受け入れることができてきたのは、
同じように悩んでる人がいることを知り
何より、受け入れてくれる人もいると知ってからのこと。

もちろん、中にはドン引きする人もいるでしょう。
上手くいっていた関係がギクシャクしてしまう人もいるでしょう。

でも、

「いま、自分は病気を患ってます、しかも、心の」
今なら、ここでなら言える。
しんどい時にはしんどいと言える。
辛かったら辛いと言える。

大変だった人には、辛かったんだねと、きっと心から言える。
  少し前までは言えなかったと思います






明日は会社にいくことになっているんじゃ。
いつも心の中では早く職場復帰したいと考えていた。

今回は夕方に会社へ行き簡単な手続きと話をするだけだから
たいしたことではない。

なのに緊張する。
9月に休職して以来一度も会社には行っていない。
気が重いのう、今からドキドキする。

仕方あるまいの
これは避けては通れない道だから
必ずいつか行くことになるんだから。

周りからどんな目で見られても
それは周りで勝手にやっとくれよ
関係ないよ、そんな事柄。

私は今の立場を受け入れることだけ。
遅刻しないでたどり着くだけ。これが一番心配・・・



そして、大変だったよ、大変だったね。
なんて、自分で自分に、言ってあげれる今がある。
人にも、きっと、心から言ってあげれる今がある。



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2007.12.02(日)

いまも、これからも


まい まざー (母親) と電話で話をした。


親には昔からどうしても遠慮してしまう。
自分が病気のせいで会社を休職ときは、い ち お う 連絡はした。
そしてこう付け加えた 「でも大丈夫だから、心配しないでな」 と。

私は中学・高校時代からずっと、家にも親にも家族にも遠慮してしまうので、
あまり家には帰りたくなかった。帰宅するのは遅い時間。
何回怒られても、何回怒鳴られても、何されても、家の外にいたかった。

家を出たいという一心で遠い学校への進学を希望し、それをモチベーションに
勉学に励んだ。そして、晴れて一人暮らし。家を出た。

それ以来、その家で暮らしたことはない。



私はこれまでのこと、特に病気を患うまでの顛末をほとんど他人に話していない。
特に親には安心させることばかり言っていた。
もともと相談もしないし、物事は自分で決めてきた。
どうしても必要だけ、ぎりぎりまで、話はしない。


私は、初めて、これまでの顛末を話した。

家を出て、手前勝手に振る舞い、その上病気を患い仕事もろくに出来ていない今の私に、
まざーは言った。

「頑張ってたんだねぇ、本当にお疲れ様」 ・・・!?なんで怒らん?なんで認めるん?

「これからはもっと自分をいたわらんと」 ・・・!?なんでねぎらう?こんな私を?



これが親かと思った。まい まざーから見れば、私は子供なのだ。いつまでも、子供なのだ。
子供のくせに自分を気丈に見せ安心させ見栄を張り強がっていた。

「頑張ってたんだよ」 私は初めて素直に言葉が出た。
「もう少し自分のために生きてみるわ、ありがとう」


あなたがいなければ、あなたが育まなければ、今の私はいない。

あなたが生んだ私は、生きてます。いまもこうして、生きてます。
これからも、生きてゆきたいと思っています。




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2007.12.01(土)

うさぎと帽子

あんまりよく寝ているので
1寝てる


ひょいと、かぶせてみました。
2かぶせる1


あれ、気にしてない?
3かぶせる2


ぜんぜん気にしてないね。
4かぶせる3


そのままうとうと、
4かぶせる5


また寝に入る。
6かぶせる5

「クリスマスなんてオレには関係ないさ」

そうですな、そうありたい。

まわりが浮足立って、街はキラキラ。

どうも過ごし方にとまどってしまうけれど

寝ててもいいのか。そう、自分らしくあれ。

勉強になりました。

「うむ。むにゃむにゃ・・・」


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らんきんぐ

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かてごり

 
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うさ枕

Author:うさ枕
性別:♂
うさぎの枕で寝る暮らし。
うつ病とたたかう暮らし。
サラリーマンですが、うつ病と診断され今は離職中です。社会復帰に向かうよう邁進中です。
ですが、進むことあり、戻ることあり。
其の日常が当たり前として通り過ぎるのを避けるべく、ブログを始めました。
どうか、あたたかく、お見守り下さいますよう。

 
りんくぽりしー

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