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2012.12.25(火)

ガスコンロ


4月中旬以降、美鳥と接する機会が増えている。

これまでほぼコンスタントに、ネット上の文字や声の遠隔方式で会話してきた。どちらかが相手の住む地域の近隣へ行くたびに、機会をつくり直接会って話もしてきた。それら交流は全く無駄ではなかったと感じている。年月をかけて培ってきた関係の延長のようでもある。
まさか付き合うことになるなんて考えてもみなかった。
驚いているが、どこかで意識していた相手だったのではないかとも思う。意識していたかも知れない過去がときどき何かの折に脳裏をよぎる。
まさか付き合うなんて、は、本音だけどきっと本音の全部じゃない。

4月以降は話す頻度も、直接顔を合わせてコミュニケーションをとる時間も、かつてと比べて格段に多い。知れば知るほど知らないことが、話せば話すほど話したいことが、接すれば接するほど接したいことが、お互いに沢山あるのだと痛感する。


========


美鳥を見ていて、一緒にいて、いわゆる別の「人格」と呼ばれそうな、他の人とも接する場面が幾度かあった。人格の枠で区切ってしまえば、美鳥とは別の人だ。でも私にとっては別人の感覚がそれほどでもない。美鳥とは表現や、おそらく思考・行動ロジックの特徴が違ってはいるものの、美鳥と他人とは思えなかった。
一つ屋根の下で暮らしている人がまとう同じ空気感のような。それよりももっと重なる感じで、美鳥とは呼べなくても、美鳥がすっぽり消えた感じでもない。

スイッチのオン、オフではなく、ガスコンロの調節ツマミみたいな。ツマミが星の数ほどあるみたいな。感情の変化や状況判断から、その時々場面によって火加減を弱めるツマミもあれば、強めるツマミもある。もともと持っているもの、養ったもの、持たざるを得なかったもの。それら成分のどこを強めてどこを弱めるかでちょっと違う感じになるような。成分を調節して、音を調律して。柔らかくかつ細やかに。

様々な人間的魅力を繊細に調節しながら守り、時には押し殺してこなければならないほど何かを損なわれてきたんじゃないだろうかと、ぼんやり考える。
私は美鳥を美鳥と呼ぶし、私以外のひとも美鳥を美鳥と認識しているだろう。
美鳥と呼ぶことで、美鳥が美鳥の火加減をより保ちやすくする気がする。同時に、併せ持っている人間的魅力を見えにくくしている気もする。可愛らしさ、無邪気さ、ズボラ、弱気、だらしなさ、おしゃま、いたずら心、お茶目、あとたぶん駄々っ子な面とか。
ときどきこういう人間的魅力がちらっと見えるときがあって、私はものすごく可愛がりたくなる。
美鳥を好きになった。美鳥が表すものも好きだ。同時に、ふだん美鳥が美鳥として表に出していないっぽい人間的魅力の一面一面を愛おしく思う。


========


曖昧な表現ばかりになってしまっている上、まだまだ足りていない。

私が感じていることを説明するとき、「人格」という単語がかえって邪魔になる。
例えば人格のリストを作るなんて、ほんとうバカらしいと思う。テレビのリモコンボタンを設定するのと「人格」の定義づけとを同じ次元で捉えているように思える。ボタン一つで変えるテレビのチャンネル、その局ごとの番組表を作って、だから何だと言うんだろう。
奥ではきっとめまぐるしくてグロテスクで宇宙でアナログで張り詰めて緩んで知らないことだらけで、私の目線はそっちのほうへ向いてることも多くて。
私の感覚からは、美鳥を「人格」の概念で語る要素が見当たらない。

m120614



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2011.04.21(木)

風穴


ブログを書こうと思うことは

何度もある

ブログを書きたいと思ったことは

もっと多くある

なのにブログを書けなかったことは

さらに幾度となくある



気が重いどころでなく

ブログを書くことそのものが

見通しを遮る山の向こう彼方

どこかひどく遠くにある叶わないと知ってる夢を追うような

現実味をもたない無謀な行為に感じた



今日こんなことがあったよ!



言えんし

書けん



なにか取っ掛かりが欲しかったし

どうにか自然な流れでブログ書き感覚を

取り戻そうと

身の回りに目を光らせてネタを探した



しかし

皮肉なもんで

ネタを探せば探すほど

得た関心事に物足りなさや不安感を自分で煽るようになって

ブログ書きとの隔たりが広がっていく



自分のために書く

自分が書きたいから書く

との信条は変わりなくあるつもり

じゃが探しておったのはネタそのものより

誰かの為に

だとか

より有益なことを

だとか

スバラシイ内容を

だとかの

付加価値じゃったのではなかろうか



読みにきてくれる方がおるならば

気になりもする

ちょっとの反響に

ちょっとどころじゃない期待をする



人があってのことなのに

人への壁が厚い

興味関心は色々な人に対して持っておる

ネットを介し直接の面識がない方にも

どうしてるんかのう

と考え巡らすことがある

なかなか素直にそれを聞けんくて

ただただ風穴から覗き見てる風体になるもんじゃから

コミュニケーションのコの字もない



少なからず期待しつつ

なにも手をだせないままおる現状を

ブログのせいにしつつ

実際のところ、私の現実そのものじゃと

最近思うた



いま私にとって

誰かと交流をはかりやっていくことは

山の向こうに遠く

叶わない夢を追うぐらい

実現できそうもないことらしい




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│posted at 22:12:55│
2011.01.26(水)

オブラート


・別段きみじゃなくてもいいんだけど

・さしあたって他に良い人が見つかっていないから

・居なくなったら特に何が困る訳でもないが

・時々は面白いことも言ったりするようだし

・代わりになる人なんて掃いて捨てる程いるけれど

・この世界に一人しか居ないのだし

・居なくなったらきっとたぶん誰かが寂しがるし

・特別なことなんて何もないけど

・いちおう少しは役に立たせてあげてるし

・これでも使ってあげてるし

・きみのお陰で引き立つ人もいるし

・活躍してなくたって

・きみだけの価値があるかも知れないし

・ここで大した価値がなくっても

・ひょっとしたらきみにも何か価値があるかも知れないし

・些細でもきみがやってくれたことだってあるし

・きみが居なかったら他の人がやらなきゃいけなかったし

・何も貢献してないなんてことはないんだから

・大事に思ってくれてる人だっておそらくいる筈だし

・取り柄がなくっても

・きみにはきみだけの役割があって

・きみが居なくなった時の面倒を考えると

・とりあえず居てくれたほうが楽で

・陰口言うくらいは仕方ないだろ認めろよ

・消えろだとか悪口とか言うとこっちの印象悪くなるから



だから



「 きみが必要なんだ! 」





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│posted at 22:40:55│
2010.08.22(日)

人の、人に、人を


重ねる月日に比例して

段々と分かっていくのかと

思っていたが

むしろ人生経験に反比例して

色々な言葉の意味が分からなくなっておる



呑みこめない言葉

釈然としない言葉

受け入れられない言葉

理解できない言葉

疑ってしまう言葉



私にとって

そういった群れに属している言葉からひとつ



「偽」



この漢字そのものというよりは

この一文字をとりまく人たちの認識と理屈



人の為、と書いて、いつわり、と読むとか



最初、ほほう、へー、などと感心しておった



やがて違和感に変わった



そう

釈然としないのじゃ



なぜ人の為が偽りになるんか

なぜ偽ることが人の為になるんか

全くピンときていないことに気がついた



単純に

これ、やったら失礼じゃろ

と思うた





その問いに

いや全然失礼なんかじゃないぜ

と言えん



何なんじゃこの言葉

そして

何なんじゃこの解釈



少し調べたら

あいだみつをが言ってた

その他にも

あちこちで同じことが書かれてた



中には、この理屈に対して

すごい

深い

さすが

納得

のような意見があって

私は

賛同しすんなり受け入れる人々へ

恐怖心を抱いてしまう



この

「人の為と書いて偽りと読む」理屈に

独特の粘着した気質と身勝手と傲慢と正当化が

含まれているような感じがして仕方がなく

それは私が過去に

散々苦しめられてきた理屈の一端だったりする



この理屈をすんなり解釈できる人って

たとえば

「人」に「言う」と書いて「信じる」って読むんだよ

のようなことを言えば

それもまた感心し受け入れて

深いと洩らすのではなかろうか



そもそもの意味すら違う

ご都合に合わせた

ものは考えよう、ものは見よう

言葉は常日頃、正しい知識で正しい使い方をしろ

などと

言いたくもないし

言えるだけの知識を私は持ってはおらん

しかしこれは限度を超えておる



強いて言うなら

社交辞令なんかはこの理屈に

もしかすると含まれる可能性はあるのではと

少ない見識からじゃが

思う



あの時の「ありがとう」

あの時の「助かったよ」

あの時の「義理チョコ」

あの時の「また会いましょう」

あの時の「今度ぜひ」

あの時の「綺麗だね」



抗いきれなかった社交辞令のうねりに

かろうじて施す裏付けの役割くらいは

もっているのかも知れん

価値があるとは思わないが






憂いて憂いて、優しい人になろう

などと考えて、すぐにやめた



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2010.07.17(土)

一人山<二人山>幾人山


講演会のちらし作りにあたって

完成までの道のりには大きな山が3つあった



2つ目の山はちらしデザイン



講演会の開催自体が危うくなった時期に

デザインも含めたちらし作成全般をやると伝えた

私から、美鳥さんへ伝えた



理由は二つだと思う

一つに

講演会を実現したい気持ちが強く働いた

その時点で実現を諦めると多分

講師さんはじめ関わってきている方全員の

今後の人生へ与える影響が大きい局面だった

一つに

ここまで絵を描いてきて

白紙に戻されてたまるかという気持ち

折れない決意だけは強かったと思う

私のちらし作りの実力なんてもんは度外視

やると決めた意志だけ



講演会は5月5日開催予定

講演会の準備はその日まで続いていく

一方

ちらしの作成締め切り時期は早い



開催予定日の約一か月前にあたる4月の頭には

案内と受け付けを開始する

という大まかなスケジューリングが組まれ

講演会案内と、受け付け開始とを行う際

ちらしを掲載したい希望で話が進んでおった

そのため

講演会というXデーは5月の頭じゃが

私のちらし作りのXデーは3月いっぱい



その時

残された時間は半月と少し



作業できる時間や自分のパワーを加味して

たった1つのデザインが限界じゃと

最初に判断した

ちらしは私が作ると伝えた時に

同時に伝えたことがある



渾身の一つを作ります

それがボツなら

ちらしは無しというリスク付きです

必ず一つは挙げます

それでもよければになるけどデザイン込みでやります

ちらしはまずそれ見てから検討でいきたい

どうだろう



美鳥さんはこの案を承諾してくれた

とにかく一つ

形あるものを作ってみるから

ちらしの今後はそこでまた考えようと



それまで

イラストだけを考えて作業にあたっていたが

ちらし全般の作成への承諾をもらえてからは

ちらし全体を視野にいれつつ

イラストを考えるようになった

いや

これは正確ではない

講演会の開催が危ぶまれるより少し前から

実は

デザインを含めてちらしを考え始めておった



10くらいのデザイン案を出して検討し

3つに絞っていた

この時点では個人的な案としての3デザイン

アイデアの参考になればとの想いで

考えていたデザインではあるが

3つに絞ったデザインのうち1つは

デザイン用の絵も描いておった



私がちらし全般を作ると伝えてから

個人的デザイン案の3つをさらに検討し

1つに絞った



新しく発生する作業の少なさ

効率の良さ

見た目

私の納得

講演会の趣旨

などの要素を検討した末の

デザイン決定



講演会を表現することを

特に強く意識してはいた

しかし

最初にデザインを作る際

こういう感じにしてほしい

というような希望は聞いておらん

イラストに関しても

こういう感じに

な希望は聞いておらん






ちょっと話がずれる



イラストのみの担当だったときから、そう

私からお願いして

出来るだけ

講演会の具体的な内容には

触れないようにしてもらった

講演会用のちらしに載せるイラストを

描くのにも関わらず

講演会の内容は

できるだけ伏せてくれと頼んでおった



私は

こういうのを描いて

と言われた内容を表現するのは

おそらく苦手じゃ

これまでそんな描き方をしたことがない

だから

具体的な要望を形にするような絵の描き方よりも

自分の物の見方や発想で描くほうが

結果的に良さげな絵になる確立が高いと考えた

そうは言っても

何も手がかりがないままに講演会の絵を描く

というのも無理な話なもんで

講演会で話すであろう内容の柱になる

5,6個のキーワードだけを教えてもらった



私のやり方に配慮してくれて感謝しておる

私は私であって、背伸びしても背は高くならんから

描き方もアイデアも

作り方も紙面構成も発想も

全部が勝手な等身大自分流






話を戻す



絞ったデザインでは

その時までに描いたイラスト(のようなもの)を

使う感じではなかったんで

早速、新しい絵を描いた

というか

ちらしデザイン案を出していくと

それまで描いてきたイラストを使えないような

デザイン案がほとんどじゃった

ただイラストだけ描いていると気付けん

この

自分の描いてきた絵の

ちらしデザインへの対応力のなさ

汎用力のなさ



そうして

デザインに対応するべく描いた新しい絵と

その絵を載せるデザインは

先に書いた3つのデザイン案のうちの1つで

絵も描いていたというもの



先んじて

デザインやデザインに使うための絵を意識して考え

実際に手を動かしていたことが

ここにきて大きく役に立った

今振り返ると

この少しの助走がなかったら

確実に間に合っておらんかった



案としてのちらしデザインを

実際に形にする作業へ着手する前に

美鳥さんへお願いを出した

ちらし掲載予定の項目に間違いないかの確認



各項目の文章や文言を送ってほしい

というお願い



見た目は私が担当するが

要である内容は

講師である美鳥さんの紡ぎだす言葉で形成される

だから

ただ見た目の枠を作ると言うよりも

実際に文章を入れ込んで

ちらしとして使えそうなモノになっているか

ここでもシビアな判断をする必要があったし

より具体的に先の展望を見るためにも

欠かせないお願いじゃった



文章の内容については

だいたいで

と伝えた



こういう項目を並べて

こういう文章を入れ込むと

こんな感じになったよ!

が分かればそれでいい

最初はそれで



私がどういうちらしを作って出してくるか

美鳥さんは知らない

そして

美鳥さんがどういう文章を挙げてくるかを

私は知らない

まして

ちらしが

どう着地するかなんて

誰も知らない

本当にそういう状況



この瞬間

初めて

ちらし作りの一連の作業の中に

私以外の人間が直接的に関わってきた



絵を描くし、デザインや配置も考える

それが私の担当

言葉や文章は講師の美鳥さんが担当



この時、ちらしXデーまであと半月












長々と書かせてもらっておるが

ここらあたりまでが

書いていて収拾がつかなくなり

まとめて一つの記事にすることを

諦めた内容じゃったりする



一つの記事にまとめなくて

良かったとは思っておる



しかしこれ

5月末くらいの時期から

少しずつ書いておった文なもんで

この先はほぼ真っ白な状態なもんで

次回この話題このペースでの更新は

起こりえ、ない



反応のなさとか

内容の面白くなさだとか

リアルタイム性に著しく欠けるとか

気にしていませんが

ちょっとは気にしてます




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