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2011.02.02(水)

ある日のメモ3


なんか、<体温計>というタイトルがついておる、そんなメモ。

ある日に書きとめたメモ、私が書いたメモ。







握手はできる。どうしてか、握手はできる。
でも、それだけ。そこまで。

どうも、握手意外の一切、人に触れることを恐れてるらしい、わたし。

電車に乗るとそれなりに混んでいることが多くて、周りは、人、人、人、人、人。
周囲3センチの距離に誰かがおる箱の世界で、遠くの吊革に手を伸ばし指先で握ったのち、硬直する。

人肌恋しいなんて言葉があるけどさ、これは何だろう。

人のぬくもりとでもいうのか。
温度や肌の感触で、どこか満たされたような感覚をかつて体感したことはある。
人肌によって埋まったような気がする類の、人肌によって埋めることができるであろう気がする類の、そんな心のスキマみたいなものが空く時もある。

それって、人のぬくもりでないと、埋まらないものなのかな。
わたしのは、埋まってないのか、埋める空洞はあるのか、埋めたいのか、人肌で埋めるくらいなら拒否するのか。よく把握できていない。

私は人に触れることができないけど、人のあったかさは感じる。それこそ身にしみて感じる。

ただ、それとは違って、直接的に触れる行為の持つ、説得力云々でなかなか説明できないような強い魅力、というか、魔力。これは魔力と言ってもいいと思う。人肌には確かに力があると思っていて、その魔力に浸食されるのを恐れてる。

自分の中で、魔力そのものに切り込み入れて開いてその構造を確認するまで解剖してやりたいくらいだけど、未だできてない。出来る限り遠ざけておきたくあり、出来る限り滅却したくもある。でも滅却しちゃいけないような気もする。

稀に、無性に触りたくなることはあるけれど、普段は誰かにさわりたいと思うことはほとんどない。さわりたくないと思うことは多い。
それでも、何気ないスキンシップレベルですら拒絶してしまうレベルでは支障があるし、否応なしに誰かと近い距離に居なければならん場合など、せめて何とかならないものだろうか。

人肌恋しいとかいう言葉が出てくる会話が、もはや恋しかったりする。
ただ、そんな会話にキャピキャピ入れる自信はあまりない。







そんな、ある日のメモ。




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│posted at 23:29:15│
2010.12.04(土)

ある日のメモ2


また

過去に書いたメモから

引っ張り出す

同様に、少しの加筆修正をしているものの

内容はメモほぼそのまま



◆メモここから◆

外の空気に肌寒さを感じて薄着ではなくなった頃から、パッと見た感じで女性に見間違えられることが急激に増えた。前々から、たまにはそんなこともあったが、あまりに頻繁に遭遇するので、気が滅入っている。
外出して外を歩いているときは特に感じない。間違えられる場所は、男女の境界が公にはっきりしている所。頻度でいうと圧倒的に公衆トイレが多い。
百貨店やデパート、ビルなどで何気なく入って洗面台にいる時に後から入ってきた男性が声を挙げてドアを閉めトイレの外で私が出るのを待っていたり。男子トイレに入る時に掃除のおばちゃんから「違いますよ!そっちじゃないですよ!」と注意されたり。トイレから出る時にすれ違いで入ってきたサラリーマンが立ち止まって周りを見渡していたり。
その度に、「大丈夫です、わたし男ですよ!」「すみませーん、男なんですけどー!」などと男宣言をしている。どうしても入らなきゃならないときはなるべく早く出る。それか個室に入って人の気配が無くなるのを待つ。
男だと宣言しなきゃいけないのがもう嫌で仕方がない。男なんだけどもさ・・・。自分ではっきり男だと言うのがつらい。ついでに、大浴場も同じことが想像されるので行きたくない。健康診断も更衣室があるので同じく。
そういった出来事はなるべく楽しい感じな笑いに変えて「今日こんなことがあってねー」くらいの珍事件なノリで話してやる気構えでいた。しかし多い時は二日に一回は遭遇するアベレージで何回も何回も出くわすと、楽しい感じな笑いに変換する余裕や強気はバリバリ削られて、心の底からうんざりしている。特に公衆トイレには入りたくない。入りたくない気持ちが強くなってもう、外出先でトイレに入る苦しさより、トイレを我慢する苦しさのほうがマシだ。我慢できそうになくトイレに入る時の憂鬱さは半端ない。



◆別の日のメモ◆


こないだ一緒に遊んだ人たちが、その日のこと(遊んだ日の事)を話していた形跡をネット上の会話に発見した。会話の中には一部、彼らがわたしに羨みの眼差しを向けている部分があった。かわいいとか、嫉妬するとか、そういう単語が書かれていて目眩がした。実際に会って話している時も、いろいろなところを羨ましがられた。

見た目をどれだけ褒められても、どうしても素直に喜べない。できればやめてほしい。
見た目は見た目でも、服の話などをするのは好きだ。でも感性や好みやアイディアの話ではなく、変えられない体のことを言われると腑に落ちない。理解できないのはもちろん、おべっかにも聞こえる。
そして、「だったらこの体でせめて10代前半から生活してみろよ」と尖った感情が湧いてくる。

私の体に第二次成長期がどれだけあったのだろうか。中一から変わらない体格で、手のサイズで、足のサイズで、声で。周囲の仲間がどんどん成長してガッシリした体格へと変貌し、声が太くなり、大きくなっていくさなか、成長から取り残された格好になった私を見る周りの目なんて簡単に想像できる。というか実体験で分かる。
すがるように牛乳飲んだし、運動してたし、筋トレしてたし、食べまくってたのに。中一から現在まで身長体重が変わらない(※先日、健康診断を受けたところ、身長は縮んでおった)。
見かけや印象だけの根拠で散々なめられてきた。中高生は残酷で率直だ。実感としては、大人の目も大きくは変わらないように感じる。頷いてくれたり、理解してるフリしてたり、見て見ぬふりしたり、オブラートに包んだりして表現方法を変えているだけ。自分の暮らす環境や関わる小さな社会で、時にちょっと大きめの社会で、そういう周囲の人たちに負けないよう、勝つよう、同じように接してもらえるよう、悩んだり苦労する経験を嫌でも味わう体を、簡単においそれと他人へ勧める気持ちになんてなれない。
けして人が羨ましがる容姿体型なんか持っていない。それどころかせめて人並みになりたいと思ってきた卑屈さ満載。

体へのコンプレックスが強烈だ。ふと忘れていても必ず何かの折に思い知る。とにかく自分の姿かたちに一切の自信が持てない。醜く見える。容姿のことなどいくら褒められたところで根本的な自信や安心に繋がらない。
あの鏡の中にいた私の姿を他の大勢の人が見てるなんて、耐えがたい。


◆メモここまで◆



怖くてぐちぐちイジイジ吐いておる

怖い

人の視線はよく見えるのに

自分の行く先はまるで見えん





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│posted at 02:12:23│ トラックバック 0件
2010.12.01(水)

ある日のメモ


次の週末、カウンセリングではないんじゃが

それに近いものを受けに行ってくる

カウンセリングを受けるかどうか

まずはそこから相談してみましょう

という案内をしてくれたもんで

のっかってみることにした



以下、これから相談することに関係する

ある日のメモ

若干のプライバシー配慮など

少し加筆修正してあるが、メモの内容ほぼそのまま

私が書いた、私のことの、メモ



◆メモここから◆

時々、自分の性別認識というのか、なんかそういうのが大きくブレる。
私は男で生きてるけども、「私は男です」と断言しようとすると違和感がある。じゃあ女なのかと聞かれても困る。「私は女です」と言うのにも違和感がある。でも男なのだ。体は男の体をしているらしいし、戸籍上も男だ。社会的には男で過ごしてなきゃいけないようなのだ。

いつからか、自分の性別感覚は境界なく、曖昧になった。元々は生粋の男だったと思う。徐々に揺れていったらしい。

私としては、『生まれながらに持ちえた性を全うする』とか、『どちらかに動きながら男か女のどちらかに終着して完成する』とか、わりとどうでもいい。そもそも男とか女とかの枠がどうでもいい。
どっちでもいい、よりは、どっちにもいたくない、のほうが強い感じがする。

今の仕事場はかなり身なりの自由度が高いと思う。随分助けられているし、自由さを自分なりに謳歌している。毎日スーツを着てた頃とは大違いだ。でも「身なりの自由」の一言で跳びこえれない大きな壁があることが分かった。それが性別の壁だった。
『髪の長さも髪型も服装も自由にしていいけど、男の人は男らしいお洒落さを求めてね』がある。つまり髪が長くても男性的なスタイル。ワイルドとか、モードとか、シャープとか、そういうの。
性別の壁は鉄壁だった。職場に漂う性別感覚も、男女という切り分けがはっきりしている。見た目も一つ重要な要素になる職場なので、髪型や衣服の自由はきいても実はチェックが厳しい。周りの同僚全員に常にファッションチェックされてると思っていい感じ。
露骨ではないものの(←たぶん・・)ほぼレディース服しか着ない私のファッションは、この仕事場にあってきわめて異端だ。服装にもさほどメンズレディースの区別を持たない私はたまたま好みの服がレディースに多く、値段も安く、購入に至り易い。このトップスだとインナーはキャミソールの形が一番綺麗に見える、とか、このトップスだとこういうスカート合わせたらいい感じになる、とかの感覚を平気で持ってることは、より異端なんだと思う。こういう絶対に女性ものでしかありえない形の服は仕事の時とかは着ることないし、人に話すこともないまま、感覚としては私の中に平然とある。

美容室に行って髪を切った。5センチ、場所によっては10センチくらい切った。鎖骨に届いてた髪が、顎ラインほどの長さになった。髪型としてみれば、完成してた。これまでボサボサ状態だったし、スッキリ綺麗に整った。
足どりも軽く家に帰って、いざ改めて鏡を見た時に、鏡にいた自分は明らかに男性で、その髪型だけが男性らしさとは相反する雰囲気を漂わせていた。その違和感に、絶望した。
私の体は男性で、顔かたちも、輪郭も、おうとつも、肌も、毛も、男性の特徴に当てはまる。髪が短くなって、これまで髪に隠れてたそれら特徴が表に出てきた。髪の毛に隠れて見えなかった部分は、ずっと男性を維持し続けていた。このことにショックを受けるのは、いま少し男性とは遠ざかる位置に自分の性別を意識してるってことだろうか。とにかくこの日以降、鏡を見るのが苦痛でしかない。

「男でもいたくないし、女でもいたくない」っていうのは駄々をこねているようなものだろうか。

顔体含めた自分の容姿が中途半端に思えて仕方がない。背丈や体格、細さ、声、手、足、その他全部。男性というには何か足りていない感触がずっと抜けない。かといって女性でもない。女性というにはもっと中途半端で、かけ離れている。
この顔体が許せない。
容姿全般に対するコンプレックスはずっと昔から抱えてる。克服したと思ってはやってきて、また克服したと思ってはやってくる。初めからない自信を無理矢理引き上げても自然に落ちてくるもんなんだと思う。一時的に自信があるつもりで大丈夫なつもりなだけなんだと思う。高校の頃には「これでいく」って覚悟はしていて、その覚悟は今もずっと持っている。
それでも時々は、くじける。

◆メモここまで◆



うつうつっとした内容とは全然違うし

これまでほとんど触れてなかった話なもんで

これ読んだ方は私に対するイメージなんかも変わるんじゃろか

イメージ、変わって下さればいいんじゃとも思う

イメージ右往左往して下さっていいと思う

なにしろ、本人が、戸惑って右往左往しておる



しばらく、なかなか字を書けん感じが続いておって

過去のメモから引っ張ってきた

前回の記事を書いたのとほぼ同時期に書いたメモじゃ

カテゴリーは、後日できそうなときに変更すると思うんで

それまでの暫定




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2010.10.09(土)

あみのめ


数日前に髪の毛を切った

美容室で切ってもらった

ここ半年以上はずっとじぶんで髪の毛を切っておって

美容師さんの持っている

人の髪を切る技術力の高さに

改めて驚きつつ

これはもう、職人芸だと言っていい

そう思った



スッキリして

こう、こういう髪型だと言えるような髪になった



満足した



帰宅して鏡を見た



その時から



鏡を見ていない














すみませんんが

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2009.05.05(火)

ボーダレス


おい!そこの二人、熱々だなぁ!ヒューヒュー!



これは

下校時間

当時の親友(男)と喋りながら歩いている最中に

上級生から言われた言葉

小学校4年の頃じゃった



仲良しこよしの二人組、友情は固かった

だから

その友情を讃えるような言葉ならまだ良かった

親友じゃったから



だが、あろうことか

我々はカップルだと間違われた



親友は根っからの野球少年で短髪の色グロ

私は・・・

色白で背は低く、男としては長めの髪型

声をかけてきた上級生は間違えていた

完璧に見間違えていた、私を女だと






思えば、それが最初じゃった



小学校4年生以降も

からかわれることは少なくなかった

男の友人と一緒に歩くと

カップルに見られることも珍しくなかった

その度に私が笑い物となり

相手の友人に心から謝罪してきた



小学校、中学校、高等学校

私の身長は常に同級の中でも1位、2位を争うほど低かった

白く透き通るような肌は生まれつき

髪が伸びてくると

少し遠くからパッと見た感じでは、男か女か分からないらしい



この外見を何度呪ったか分からない

しかし

生まれ持った体は一つ、全うしなくてはならない

男と女

性に敏感な思春期にあって

私の外見はひどく中途半端で、どっちつかずじゃった



高校生になってから

次第に

人のことをうわべだけでしか見ない奴

中身で判断する奴との区別がつくようになった

そういう意味では、この外見は格好の物差しになった

そうして私も

開き直る心を持てる余裕が出来てきた

いつしか

どうせ変わらないのなら

変えられないこの身体なら

この外見を活かしていこうと思うようになっておった



活かしていくうちに何かが変わるかも知れないという

一抹の淡い期待をしながら

私は私を選択していった



今、私は、私が選んだもので構成されておる

切る髪型もそう、着る洋服もそう

靴も、話し方も、憧れも、偏見も



性別が男だから見た目がこうでなくてはならない

という考えはとっくに捨てた

ある程度歳を重ねた今でも

人からは中性的に見られることが多い

実際に

私が外で着る洋服の半分は女物じゃ

私の履く靴も半分は女物じゃ

私の語り口も男性的とは言えないし

憧れも、偏見も、性別を意識することはほとんどない



私が人を見るときも

性別はあまり関係なかった

基本的には

あくまでもその人の特徴の一つとしてしか

捉えておらん



私の体は男、心もたぶん男(というかあまり気にしてません)

でも外見は男性的とは言えないし

物腰も男性的とは言えない

おまけに

身にまとう洋服もレディースだったりするもんじゃから

余計に男とは遠くなる

ただひたすらに

身丈キャラクターに合った選択をしてきた結果

だと思うておる



どんな目ででも見るがいい

外見のことでどんな罵声を浴びても、どんなに侮られても、構わない

飽きるほど、されてきたことだから、慣れてしまえば、大丈夫

そして逆に

あなたの人柄を見せてくれてありがとう と、言ってやれる






しかし社会人として働く場合、そうもいかないことが多い

男性なら尚更

見た目にたくましさや強靭さが求められることがしばしばある

要は、頼りなさを見せてはいけんのじゃ



私の場合

相手に安心感を与えるのには

じっくりと交流を交わす期間が必要で

その期間が割と長めで、一発勝負には向かない

男性的インパクトに欠ける

男なら男らしさ、女なら女らしさが必要らしいこの社会では

私が人に与える印象はあまり快く受け入れられない



男っぽさ、女っぽさ

そんなのどちらでもよかろうと思うのは

私だけじゃろうか?




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Author:うさ枕
性別:♂
うさぎの枕で寝る暮らし。
うつ病とたたかう暮らし。
サラリーマンですが、うつ病と診断され今は離職中です。社会復帰に向かうよう邁進中です。
ですが、進むことあり、戻ることあり。
其の日常が当たり前として通り過ぎるのを避けるべく、ブログを始めました。
どうか、あたたかく、お見守り下さいますよう。

 
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